輝く岩舟人 岩舟町で活躍中のひと

「輝く岩舟人」では、現在活躍中の岩舟出身の「ひと」をご紹介しています。

はじめに
 ついにエース発覚。かがやく岩舟人に始めてスポーツマンの登場です。岩舟をいつもいつも過小評価している岩舟のあなた!
編集長は常々岩舟は人材の宝庫だと言っているでしょう。栃木県のナンバーワンの剣士は岩舟人なんです。!どんなもんだい・・
と胸をはりましょうよ。何を隠そう編集長は岩中剣道部出身、剣
道にはちとうるさいです。毎年全日本剣道選手権決勝は正座してみています。先日かがやく岩舟人、富田健作さんにお会いしてきました。あ、森田健作ではないのでくれぐれもお間違いなく。ひとことで言えば好青年!!剣道をたしなんだことのある者なら直感するはず。おぬしなかなかやるな!!。・・でもやさしそう!
ふざけていると突きをくらいそうなのでこのへんにして、ではエースからのメッセージをお読みください。

子供の頃の夢
 2009年11月3日。日本武道館で私は高知県代表の選手と竹刀を向け合っている。ついに幼い頃から目標にしていた全日本剣道選手権大会で栃木県代表としての試合が始まる・・・・。
私は小学校の文集に「剣道で日本一」と書いたが、実際には小中学校の頃は勝負ではなく楽しいからやっていた。しかし、高校、大学と勝負に対する気持ちが強くなった。高校の時、北は秋田、
南は福岡と遠征で全国の多くの選手と戦った、。その中で「負けたくない」という気持ちが強くなっていった。広い世界を知ることで今の自分の限界や弱さを知ることは貴重な体験だった。高校では放課後の部活動はもちろんの事、3年間始発の電車に乗り朝練習もおこなっていた。
 

一戦一戦が勝負
 全日本剣道選手権大会予選では優勝するという気持ちは正直無かった。とにかく一戦一戦を胸に全力を出していた。毎年出場していて、補助役員として会場にいる教え子の前で情けない試合は出来ない。生徒の前だと自分が彼らの目標となれる試合を心がけている。結果として優勝したが、私自身は実力が伴っていない、幸運に恵まれただけだと考えている。まだまだ修行不足の身であり、恥ずかしい気持ちすら芽生えた。
それから全国大会までは必死で練習に取り組んだ。優勝の知らせを聞いた先輩方、同級生、後輩までもが胸を貸してくれ準備をしていった。栃木県代表として一人で出場するプレッシャーはときに私を苦しめ「優勝しなければ良かった」と感じる己の弱さも体験した。しかし、両親からの「全力を出し、おもいっきりやれ」という言葉で初心に戻り、自分自信を強く持つことが出来た。

いよいよ夢の武道館
 ・・・夢の武道館での試合が始まった。試合会場はライトで照らされとても輝いて見えた。また多くの観客、その中には家族や親戚、恩師の先生方、教え子達、同級生、と多くの人が応援に駆けつけてくれた。気持ちは落ち着いており普段どおり試合することが出来た。ただ、県大会決勝戦と同様延長戦に入った時に「勝てる」と欲を出してしまい「ドウ」を取られて負けてしまった。
私の夢であった「全日本剣道選手権大会」は約7分間と短い時間であったが、最高の舞台だと再認識することが出来た。

これから何か極めたい人たちへ
 この記事を読まれている人で剣道、他のスポーツ、勉強、仕事などで何かに「勝ちたい」「優勝したい」と思っている人は、まっ先にすべきこと、それは「志を立てる」ことだ。「県大会で優勝したい」「○○選手のようになりたい」のように「〜になりたい」ではなく「〜になる」と決め具体的な目標を立てることが大切である。具体的とは例えば、剣道を始めて1カ月の人が「日本一になるぞ」と志を立てても現実的ではない夢を夢のまま終らせてしまうだけだ。そうではなくて、そこに近づくために、今の自分が出来ることは何だろうか、というところまで考えることが大切だと思っている。今の自分に見合った目標を立てる、それが大事なポイントで、そうして着実に大きな夢に近づいていくのだと思う
また「好きこそものの上手なれ」ということわざがある。どんなことでも、好きになれば、上達は早い。仮にうまくできなくても
好きになれば長く続けることができるそして、ふと気がつけば驚くほど上達している、「積み重ねる強さ」は何をやるにも大切なことだと私は思う。

プロフィール
1984年2月3日 岩舟町生まれ
静和小学校
岩舟中学校
宇都宮学園高校
東海大学
現在 文星芸術大学付属高等学校 教諭

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