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小島さんから岩舟のみなさんヘメッセージ 佐渡に渡ってどのくらいになったろうと数えてみると、何と三十年!本人もびっくりする年月の長さです。 当時は鬼太鼓座と言ってもまだ活動したてで、だれもそれが何のグループなのか知らなかった時代です。今では鼓童として海外でも有名になり、これからも益々活動を広げてゆくグループだと思います。こんなふうになるとは思いもよりませんでしたが、まだ二十代の私には、世界のどこを探してもみつからない、自分の夢を投影できる魅力的な「何かを」感じました。何をすべきかわからずに探し廻っていた私は、ある時、その「何か」を鬼太鼓座の舞台で見つけたのです。 流入の島佐渡に親の反対を振り切って渡り、踊るという表現方法に出会い、今やっと「踊る為に生まれて来た。」と言い切れるようになりました。 これまでのこの道程の標べ標べに私を導くように手配された出違いの数々に、心から感謝しています。本名の「千恵子」の千の恵みとは、出違いだと思います。その出逢いをいただいて、舞台土に踊る曲線で描く、千の絵。舞台名を千絵子、として、これからも自分の生きてゆく、止むに止まれぬ発露としての踊りを踊ってゆきたいと思います。 私の産まれ18才まで暮らしてきた岩舟町での原体験は、私の踊りの原点になっています。農家の娘で家族がたくさんいて、レンゲ畑でかくれんぽして、裏山で小枝と落葉でかくれ家を作って、春の私の誕生日には道端のタンポポが満開の祝福を送ってくれて、カヤ葺き屋根から上がる夕げの煙。一番下の妹が生まれたときの納戸から聞こえた産声。その妹をおぶって子守りしたのは何年生の時だったか。 神社の祭りの夜店に並ぶおもちゃ。毎年のスケッチ大会で描く度、肩を落としてゆく岩船山。次から次と甦ってくる風景。 佐渡に渡って舞台世界に入ってしまうと、まるで龍宮に行った浦島太郎のようになって、毎日歌って踊ってしているうちにすっかり30年という年月が過ぎてしまいました。 久し振りに帰省すると玉手箱を開けた太郎のように、びっくりします。でも探すと、あちらこちらに、変わらない私の田舎が見つかります。その愛しい栃木弁と共に、ホッとさせてくれるふるさと岩舟町。 近い将来、ふるさとのコスモスホールで、町のみなさまに、私の踊りと太鼓を観ていただきたいと思っております。 私を育ててくれた岩舟の風土に感謝を込めて、これからも踊ってまいります。 鼓童 小島千絵子 |
鼓童機関紙など
上段 右「鼓童機関紙」 中「響宴」こしがや能楽堂 左「鼓童」演出・坂東玉三朗 下段 右「ゆきあひ」 中「風結ひ(かぜゆい) 左「IDEA」の各パンフレットより。 |
栃木県下都賀郡岩舟町下津原1572-1 こなら館内
TEL 0282-54-3313
FAX 0282-54-3312
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お休み:月曜日(祝祭日の場合は火曜日)